新 武蔵野人文資源研究所日報

旧武蔵野人文資源研究所日報・同annex移行統合版

──さすがに東宝だなと思ったことがありましてね。ロケーションに行って、田舎の庄屋の家を
こっちから見て、さっとズームで寄るちゅうのに、当時ズームがないんですよ、門まで行くズー
ムが。志村喬さんが出てくるのを俯瞰で見るんですけど、クレーンもズームもない。で、俯瞰台
をさらにひとつつくるんですけど、木が五本ぐらいありましてね、邪魔になるんですよ。はあ、
弱ったなあと思って、どうにかコンテを変えようかと考えていたら、製作主任が「任してくださ
い」言うんです。して、あくる日に行ったら、これが東宝ちゅうもんですか、その木がないんで
すよ。製作主任が交渉して、伐ってしまったんですわ(笑)。
へえ、こんなことするのか、東宝ちゅうのは、と思いましたな。違うんですね、シャシンに対す
る姿勢が。大映ではそんなことできなかったです。そんな無理、どの監督も言わんし、ぼくも言
ったことない。そのときも、ぼくは「ここからやれたらいいのになあ」と言っただけで、した
ら、「任してください」と。で、寝てて知らん間に伐っちゃったですからね。「どうぞ」って、
移動車まできてるんですな(笑)。ま、悪気はないんですけどね。ぼくのためにやってくれたん
ですから。しかし、大映ならやらんです、そんな金のかかることは(笑)。

森一生 映画旅』山田宏一・山根貞雄編(草思社刊)より